家族からの手紙

2017年06月02日

 
季節柄あまり家に早く帰れず、家を空けることも多くなる。帰ることができても夜は22時を回る。朝は6時から仕事に出ることが多いのでこの季節は毎年婚礼頑張りどころだ。

先日家に帰るとラップのかかった夜食と一緒にメモ紙が置いてあった、1枚めは「我が父へ」からはじまる、中3になる娘と小6の息子が書いてくれた手紙だ。


『おしごとつかれさまでございますた。」
嬉しいひとこと。親が頑張る姿が見えなくても子どもには届いている。


『らぶ。』
照れる。今でもそばにきてくれる娘に感謝。親に感謝できる子どもに育つかどうかは、まず親が子どもに感謝をしているかどうか。


『このそらまめくっそうまいで。こいももうんこうまい』
奥さんが家で作ってくれたそらまめ。不味いわけがない。家庭菜園と呼べるようなレベルにもない小さな庭で、よくコツコツと野菜つくりをしてくれている。


『おつかれさまです。上で寝てまってまおります。お・や・す・み』
確かに寝て待っていた。父さんのことなどほっておけ、自分のやりたいことをすれば良いといつも子どもには言っている。父さんと何かしたいときは父さんは全力で何かする、とも言っている。


『豚肉にはぽんずを少々かけるとより美味しく味わえます。』
それはだいたいわかる。


『愛してる』
ありがとう。

愛という言葉は一言で片付けられるほど簡単なものではない。形はさまざまだ。話しをすることで愛を感じる事もある、一緒にいるだけでも感じることもある、体を交えないと愛ではないと言う人もいれば、何もしなくても愛はあるという人もいる。

ようは自分の定義に当てはめた愛を他人に求める事が、この世で恨み憎しみを生み出す結果となる。

私の場合、今この世の中で一番愛しているのは間違いなく飼っている犬だ。でも犬とは会話できないし、大して一緒にも居ない、もちろん体は交えないし、散歩で一緒に歩くくらい。すごく本能的なところをそのまま見せてくれるところが大好きだ。本当むき出しに生きている様子を見るために、朝の散歩はいつも最低1時間、余裕があるときは3時間一緒に歩く。そのせいで朝は4時5時起きなのがつらいところ。
 


家族 手紙